鼠径(そけい)ヘルニアについて
鼠径ヘルニアはどのような病気でしょうか?
「鼠径ヘルニア」(脱腸)は、本来ならお腹の中にあるはずの小腸などが、ももの付け根(鼠径部)の筋膜から皮膚の下に出て膨らむ病気です。患者さんは乳幼児から高齢の方まで幅広く分布しますが、特にももの付け根の筋膜が弱くなる40歳以上の男性に多い傾向があります。
どのような人が鼠径ヘルニアになりやすいのでしょうか?
乳幼児のヘルニアはほとんどが先天的(生まれつき)なものですが、成人の場合は加齢によって身体の組織が弱くなることが主な原因です。鼠径部の筋膜には、もともと裂けてヘルニアになりやすいところが三ヶ所あるのですが、その部分が加齢でさらに弱くなり、長年の力仕事などによる負担も加わってヘルニアが生じます。そのため、40歳以上から患者さんの数が増加しています。また、乳幼児でも中高年でも、鼠径ヘルニア患者の80%以上は男性です。これは、女性よりも男性のほうが鼠径管のサイズが大きいので、腸が脱出しやすいためと言われています。
どのような人が鼠径ヘルニアの手術を受けるのでしょうか?
ヘルニアは良性の病気ですので、手術を急ぐことはありませんが、完治させるには手術しか方法はありません。痛みや張り、不快感が強い、ヘルニアがだんだん大きくなった、出たままになって押しても戻らない、というような場合には手術を考えたほうがいいでしょう。また、完全にヘルニアが戻らなくなった状態を「嵌頓(かんとん)」と言い、飛び出した部分の腸の血流が悪くなって壊死し(くさっ)たり、腹膜炎になることもあります。この場合は、緊急手術をしなければ命にかかわります。
腹壁ヘルニアについて
鼠径部ではなく「おなか」にできるヘルニアを「腹壁ヘルニア」といいます。手術や外傷など何らかの理由で腹壁の筋膜に弱い部分ができると、その場所から腹腔内臓器(腸、大網その他)が皮下まで出てきてしまいます。多いのは、胆石症や肝臓がんなど腹部の手術後の傷跡周辺にみられる『腹壁瘢痕(ふくへきはんこん)ヘルニア』です。切開をした手術の最後には、筋膜同士もしっかり縫合しますが、創部の縫合不全や術後の創部への感染、栄養状態の悪化など何らかの理由で筋膜が弱くなりその部分からヘルニアが生じてしまうのです。自然に治ることはなく、根治には手術が必要です。人工補強材による手術をすれば多くの場合治ります。放置しているとだんだんヘルニアの穴が大きくなったり、戻らなくなったり、嵌頓することもあるので、時期を見て手術をしたほうが良いこともあります。
再発ヘルニアについて
再発ヘルニアは前回の手術の影響があるため、難しい手術です。男性では精管損傷、動脈静脈損傷、また男女とも神経損傷などの危険性があります。専門の施設で手術を受けられることをお勧めする場合もあります。
鼠径ヘルニアと似ているが、違う病気
鼠径部に発生して鼠径部がふくらむ(膨瘤する)病気でも、頻度は少ないですが鼠径ヘルニアではない病気があります。
男性の場合
鼠径ヘルニアに症状が似た病気では、精策水腫、後腹膜脂肪腫、精索脂肪腫、 精索肉腫、精索脂肪肉腫、精索静脈瘤、睾丸腫瘍 などがあります。
女性の場合
鼠径ヘルニアに症状が似た病気では、ヌック管水腫、鼠径部子宮内膜症、鼠径部脂肪腫、子宮円索静脈瘤、大伏在静脈静脈瘤 などがあります。
麻酔について
手術は原則全身麻酔で行います。当院では麻酔専門医が患者さんのリスクなどを考慮して安全に麻酔を行います。麻酔医の指導にご協力ください。
手術方法について
ヘルニアの手術は余分な腹膜の処理と、ヘルニア門といわれる筋膜でできた穴をふさぐことが必要です。昔はヘルニアの穴をカバーするため素材が開発されていなかったため、様々な直接に筋膜同士を縫合して行っていました。しかし、最近では各種の素材によるメッシュシートが開発されて鼠径ヘルニアの修復に用いられています。メッシュを使用した手術法にも、鼠径部の前方から手術を行う前方アプローチ法、後方から手術を行う後方アプローチ法、内視鏡手術の3つの方法があります(厳密には後方アプローチ法に含まれます)。
内視鏡下手術
内視鏡を使うことで広範囲に鼠径部全体が観察できるため併存型ヘルニアを見落とす可能性も少なく、また腹膜前腔全体をカバーし安全域をカバーできるだけの面積・形状を有するメッシュを直視下に挿入することができる術式です。
腹膜前腔にどのようにアプローチするかの違いでTEP法とTAPP法の2種類があります。TEP法は、臍部下1.5cm程度の創と恥骨上に5mm程度の創で手術を行います(下の写真)。
TAPP法は、臍部に1㎝程度の創と左右下腹部に5mm程度の創で手術を行います。
メッシュプラグ法
前方アプローチ法と言って鼠径管を開放して手術を行う方法です。下の写真のような修復素材を用いて行います。鼠径管を通過する3本の神経に十分配慮して手術を行う必要があります。内鼠径ヘルニア(直接型)には確実に修復を行える方法です。
クーゲル法
後方アプローチ法といって鼠径管、ヘルニア門の後ろから手術を行います。鼠径管を通過する神経付近にはメッシュを置かないため、術後の疼痛は最も軽い手術です。 しかし、メッシュの固定が難しい面もあるため、内鼠径ヘルニア(直接型ヘルニア)を確実に修復するには問題点もあると考えます。また、術後の腹膜前腔の出血・血腫など原因が明らかになっていない合併症が存在します。下の写真のような修復素材を用いて行います。
クーゲルパッチ
ダイレクトクーゲル法
メッシュプラグ法とクーゲル法の利点をとった手術法で、前方から鼠径管を開放し、メッシュは神経のない腹膜前腔におきます。下の写真のようなメッシュを用います。
タイレーン メッシュ
※拡大図
ウルトラプロプラグ法
今までのメッシュはポリプロピレン素材単独で作られていましたが、新しく吸収性素材とポリプロピレンを複合させて、吸収性素材は手術後約60日で吸収されてしまうウルトラプロプラグが開発されました。鼠径ヘルニアでは術後の慢性疼痛がもっとも大きな問題の一つですが、慢性疼痛の発生率が減少する可能性が期待される素材です。
手術の安全性について
手術は危険が全くないわけではありません。しかしながら手術を勧められるということは、ヘルニアのある状態の危険性の方が、手術の危険性に比べて大きいことをご理解下さい。手術の危険性は他のおなかの手術と比較したとき、虫垂炎の手術に比べるとほぼ同等の危険性といえますが、胃や大腸や肝臓など他のおなかの手術に比べると安全といえます。 一生懸命治療を行っても、患者様にとって不都合なことが起こることを合併症といいます。合併症を抑えるために全力で努力しております。手術に伴って起きる合併症には、以下のようなものがあります。特別その頻度が高いとはいえません。(重症合併症の頻度は1%以下)
術中合併症 | 出血など |
術後合併症 | 再発、術後感染、術後慢性疼痛、術後出血、漿液腫、皮下気腫、腸管麻痺など |
問題が起きないように治療には最善を尽くしますが,不幸にして合併症が起きた場合には全力で対処いたします。さまざまな合併症に関して対応できる準備はしております。
再発 | ヘルニアの術後再発はメッシュ法の導入で1%程度と低くなりました。 鼠径ヘルニアでいえば、直接型ヘルニアでやや再発率が高いようです。 |
術後感染 | 創感染: 手術創の感染ですが約0.5%程度に発症します。 |
メッシュ感染: 約0.1%、約1100人に1人に、数ヵ月後~数年後に発症することがあります。 メッシュ感染がおこると、メッシュを取り出すための再手術が必要となることが多いです。 |
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術後慢性疼痛 | 約2~3%に発症するといわれます。 当初は内服薬を、場合によっては創口付近を注射でブロックすることもまれにあります。 |
術後出血 | 約0.3%。どんな手術にもわずかながらある合併症です。 出血傾向のある方や抗凝固剤を内服している方などで皮下出血、組織間出血を起こすことがあります。 |
漿液腫 | ヘルニアは剥離といって組織の層を何層も分けて手術しますので、組織間に水がたまることがあります。 2~4週間で自然治癒する場合が多いといわれています。 |
以上、不明な点がありましたら遠慮なく担当医にお尋ねください。
常滑市民病院 外科